前言:
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件(集英社刊、1985)」は島田荘司氏唯一のシャーロック・ホームズパロディである。この自らホームズ譚を「冒頭の一節を聞いただけでどの短篇がわかる」[1]と言い張ったシャーロキアンの島田氏こそかける名作ユーモア推理小説は、当時直木賞の候補となり、日本シャーロック・ホームズ協会から感激の絵皿を送られた。
本作中にワトソンと漱石二人の記述は交互に出現し、各自に記録したホームズの姿も雲泥の差といえるほどである。本作の最大の見所は漱石が述べた頭がおかしいホームズの爆笑ぶりだとも言える。そしてワトソンの記述には原作通りの神神しいホームズがいる。この対照的な記述はまさに絶妙である。
だが、同じくその対照的な記述のせいで、本作の最後には無視できない矛盾があった。
本文はその矛盾に注目し、本当の真相を推測したいと思う。
1、「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」あらすじ
勇躍英国へ留学した夏目漱石は下宿先で、夜毎、亡霊に悩まされ、シャーロック・ホームズに相談に行った。折りしもそこに金持ち未亡人が訪ねて言うには、永らく生き別れた弟と再会したのだが、彼は中国で恐ろしい呪いをかけられ一夜にしてミイラになってしまった、と。居合わせた漱石もこの難事件解決に一役買うことになるのだが……(『漱石と倫敦ミイラ殺人事件(集英社刊、1985)』)
2、人物紹介
シャーロック・ホームズ----------------------- 探偵
ワトソン ----------------------- 助手
夏目漱石(ナツミ) ----------------------- 日本からの留学生
メアリー・リンキィ ------------------------------- リンキィ邸の所有者
ベインズとその奥さん ------------------------------- リンキィ邸の執事夫婦
ブリッグストン ------------------------------- 何でも屋
3、最後の矛盾
事件はいつものどおり、ホームズの解説で解明されたのだが、犯人の確保の所はひとつ矛盾のところがあった。それは、事件の真犯人といわれるブリッグストンの確保シーンはワトソンの記述だけあり、同じ場面を述べた漱石の記述はブリッグストンの下っ端といわれる人を攫めたところしか述べていないのである。それだけでなく、ブリッグストン本人も、ワトソンの記述にしか出てこない。
これで、完璧に収束された事件はひとつの瑕が出てきた。それは「真犯人の存在には疑いがある」ところである。
① 仮説:信じられないワトソン
もしワトソンと漱石の記録はどれが正しいと聞くと、利害関係のない[2]漱石が述べたもののほうが信じられると思う人が多いだろう。ここで、もしワトソンは本当に嘘をつき、漱石の記録が正真正銘の真実、という仮説の下で真相を推測しよう。
漱石の犯人を確保するシーンに関する記述によると、ホームズが頭を打った後、調子はすっかり回復した。
そして、回復した彼はこう語っていた。
「ここはどこだ?僕はどうしていたんだ?ワトソン君」(P201)
この言葉から見ると、ホームズは自分が調子悪い時のことに記憶が無いらしい。
また、後の漱石の記録に、ホームズはブリッグストンの名前を口にしたことがある。つまり、ブリッグストンという真犯人の存在は確かだ。
もうひとつ注意すべきところは、漱石が「事件がこうして解決した」と書いたのは、もう半年以上も過ぎたあとだ。
これらのところから、ひとつの仮説が浮かび上がる。それは、ブリッグストンが捕まれたのは下っ端のジム・ブラウナーが捕まれたの後だ。
そして、ホームズは記憶が無いところから見れば、彼は事件を解明していないことがわかる。漱石が捕まったジム・ブラウナーの自白で、事件の手口と真犯人が解明されたかもしれない。だから、事件を解決したのは漱石で、漱石本人も「ワトソン先生に自分が感謝されたのは事件を解決したせいばかりではない」(p231)と語った。
ワトソンにとって、この真相は人に知られざるものなので、犯人の確保順序を改ざんすることは、読者にホームズはジム・ブラウナーが捕まれた前に既にすべてを解明したことを提示するだめである。
②仮説:信じられない漱石
逆に、もし嘘をついたのは漱石で、ワトソンのほうが正しいのならどうだろう。
先ず、漱石が嘘をつくことはおかしい。自分の手記に嘘をつくはずが無いだろう。
だが、忘れないでほしいのは、この「倫敦覚書」を発表したのは漱石ではなく、後世の作家島田荘司氏である。もしかして、旧仮名と漢字を改めただけでなく、話の筋も改めたならまたどうだろう。だが、なぜだろう。
そして、漱石が「彼(ホームズ)から一番大きな土産を貰った気が自分がしている」と書いたが、本を読み終わってもこの土産の正体がわからない。
さらに、漱石は以前、リンキィ邸から十分もかからないところに泊まっていた。そして、漱石が初めてリンキィ邸に行った時、リンキィ邸の執事の反応について、漱石とワトソンが書いたの全く違う。漱石は「自分を東洋からの身分の高い客人だと紹介した。執事は自分にうやうやしく頭を下げた」と書いたが、ワトソンの記録にはこう書いた。
(執事の)ベインズはじきに正気づいてたが、脇でこの様子を見守っていたナツミを指差し、「黄色い悪魔め、この家から出て行け」
……ベインズはいくらか落ち着いたように見えたが、それでもわれわれが二階の廊下に消える直前、「黄色い悪魔め、今に思い知らせてやる」
なぜ漱石(あるいは島田氏)はベインズの反応を改ざんしたのが。それは漱石は以前ベインズに面識があるのを隠すためかもしれない。
また、ワトソンの記述にブリッグストンは漱石をリンキィ邸の近いの部屋に引越させてほしいから亡霊騒動を起すのだが、これは全く筋を通っていない。このようなことにあったら、一般的にはそのところからできるだけ離れたほうがいいだろう。十分もかからない距離のところに引越しすることに期待するのはとてもおかしい。
ここで、大胆にもこの仮説を提出した。
この事件の真犯人は--漱石だ。
亡霊騒動は、実は精神病を患った漱石の幻聴だった。そして漱石は精神病のせいでこの幻聴がメアリー・リンキィの仕業だと妄想した。それで、彼はひとつのいたずらを計画した。
それは、メアリー・リンキィに長く生き別れた弟の偽物を合わせ(近いところにすんでいるから、噂話から、あるいはベインズからこのことを知るのを考えられる)、その弟の偽物がおかしい行動をし、メアリー・リンキィに怖がらせる。最後にその弟が姿をいきなり消えすことである。
なぜこれを断言できるのか。
それは漱石はミイラを入手することができないはずだから。そして、この事件に使う密室トリックは、ミイラを無くせば、人に気づかぬうちに部屋から逃げ出すトリックにもなれるのだ。
しかし、不幸にもメアリー・リンキィはこの打撃に耐えず、精神が病んでいた。
メアリー・リンキィの依頼を受けたホームズは、密室のトリックを見破り、地縁関係と漱石が偽物を探すために載った三行広告[3]から漱石が犯人だとわかっていた。その精神状況を知ったホームズは、彼に医者を紹介した[4]。さらに漱石のために、ワトソンにこの事件を発表しないと要求した。これが「土産」の真相かもしれない。
そして1984年、漱石とワトソンの原稿を見た島田氏はこの真相を発表すれば大変なことになることを知っている。それで、この事件にミイラと真犯人のブリッグストンを加え、私たちが見た「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」を仕上げた。だが、推理作家の遊び心により、最後にヒットとして矛盾を残した。
結論:
いろいろと検討したのだが、本当の原因はただ文章はホームズが樽の中に落ちってしまったシーンに止まったほうが、一番面白いだけかもしれない。
参考文献:
島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」集英社刊、1985
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