前言:
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件(集英社刊、1985)」は島田荘司氏唯一のシャーロック・ホームズパロディである。この自らホームズ譚を「冒頭の一節を聞いただけでどの短篇がわかる」[1]と言い張ったシャーロキアンの島田氏こそかける名作ユーモア推理小説は、当時直木賞の候補となり、日本シャーロック・ホームズ協会から感激の絵皿を送られた。
本作中にワトソンと漱石二人の記述は交互に出現し、各自に記録したホームズの姿も雲泥の差といえるほどである。本作の最大の見所は漱石が述べた頭がおかしいホームズの爆笑ぶりだとも言える。そしてワトソンの記述には原作通りの神神しいホームズがいる。この対照的な記述はまさに絶妙である。
だが、同じくその対照的な記述のせいで、本作の最後には無視できない矛盾があった。
本文はその矛盾に注目し、本当の真相を推測したいと思う。